石鏃[静止画/400×600ピクセル/71.2KB]
日本列島では旧石器時代以降、石器が道具として使われ、様々な用途に利用されてきた。吉野ヶ里遺跡では、写真の石鏃等の石製品が多数見つかっているが、いずれも弥生時代の終わり頃には姿を消している。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料:
英語説明文と日本語訳
石鏃[静止画/400×600ピクセル/83.5KB]
日本列島では旧石器時代以降、石器が道具として使われ、様々な用途に利用されてきた。しかし、大陸系磨製石器とほぼ同時期に伝承した青銅器や鉄製品の増加に反比例するように、次第に道具として利用されなくなった。これは石鏃の写真である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
甕棺出土の石鏃[静止画/400×600ピクセル/93.8KB]
日本列島では旧石器時代以降、石器が道具として使われ、様々な用途に利用されてきた。吉野ヶ里遺跡では石鏃等の石製品が多数見つかっているが、いずれも弥生時代の終わり頃には姿を消している。この写真の石鏃は甕棺出土のものである。(写真提供:佐賀県教育委員会)
石斧と石ノミ[静止画/600×400ピクセル/60.4KB]
日本列島では旧石器時代以降、石器が道具として使われ、様々な用途に利用されてきた。吉野ヶ里遺跡では伐採具の石斧(写真左2点)、加工具の石ノミ(写真中央3点)等の石製品が多数見つかっている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
石包丁と石鎌[静止画/600×400ピクセル/68.6KB]
吉野ヶ里遺跡では、農具である石包丁や石鎌(写真右下)等の石製品が多数見つかっているが、いずれも弥生時代の終わり頃には姿を消している。写真の石包丁は、穴に紐を通して手にまきつけ、握った手で稲の穂をつまみとる道具である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
大陸系磨製石器[静止画/600×400ピクセル/66.4KB]
稲作の導入に伴って大陸から蛤太刃石斧や抉入柱状片刃石斧などの大陸系磨製石器が新たに伝わった。しかし、ほぼ同時期に伝わってきた青銅器や鉄製品の増加に反比例するように、次第に道具として利用されなくなった。(写真提供:佐賀県教育委員会)
石皿とすり石[静止画/600×400ピクセル/89.1KB]
日本列島では旧石器時代以降、石器が道具として使われ、狩猟や木々の伐採等、様々な用途に利用されてきた。吉野ヶ里遺跡では、石製品が多数見つかっているが、いずれも弥生時代の終わり頃には姿を消している。(写真提供:佐賀県教育委員会)
紡錘車[静止画/600×400ピクセル/81.4KB]
吉野ヶ里遺跡では、石製品が多数見つかっているが、いずれも弥生時代の終わり頃には姿を消している。布片とともに写真の紡錘車も多数見つかったことから吉野ヶ里では布も織られていたと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)