鋳型片面[静止画/600×400ピクセル/135.4KB]
佐賀県文化財課では、九州産業大学九州産業高校と協力して銅剣の鋳造実験を行った。鋳造では2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込む。写真は片方の鋳型から銅剣の原型を取り外した様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料:
英語説明文と日本語訳
鋳型の貼り合わせ[静止画/600×400ピクセル/126.2KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は同じ方法で作成した2つの鋳型を貼り合わせている様子である。ただし、上側の鋳型には金属を流し込むための湯道が設けられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
鋳型の完成[静止画/600×400ピクセル/123.8KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造では2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込む。写真は完成した2組の鋳型で、上部の穴は金属を流し込むための湯道である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
銅の流し込み[静止画/600×400ピクセル/122.8KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は完成した鋳型におもりを乗せて、湯道(上部の穴)に溶かした金属を流し込む様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
銅の流し込み直後[静止画/600×400ピクセル/125KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。完成した鋳型におもりを乗せて、鋳型の湯道(上部の穴)に溶かした金属を流し込み、冷えるのを待つ。(写真提供:佐賀県教育委員会)
鋳型の取り外し[静止画/600×400ピクセル/106.4KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳型に溶けた金属を流し込み、十分に冷却した後、貼り合わせた2つの鋳型を取り外す。(写真提供:佐賀県教育委員会)
鋳型を取り外した直後[静止画/400×600ピクセル/122.1KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造では2つの鋳型を貼り合わせ、内部の空洞に溶けた金属を流し込む。写真は、青銅器の鋳造後に取り外された2つの鋳型である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
鋳型から取り出した銅剣[静止画/400×600ピクセル/147.6KB]
弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は佐賀県文化財課と九州産業大学九州産業高校が協力して行った鋳造実験によって製作された銅剣である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
仕上げの研磨[静止画/600×400ピクセル/122.1KB]
佐賀県文化財課では、九州産業大学九州産業高校と協力して銅剣の鋳造実験を行った。弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。写真は鋳型から取り出した銅剣を研磨している様子である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
銅剣の完成[静止画/600×400ピクセル/80.4KB]
佐賀県文化財課では、九州産業大学九州産業高校と協力して銅剣の鋳造実験を行った。弥生時代、鋳型には石が用いられたが、実験では比較的容易に製作できる鋳物砂が用いられた。鋳造された銅剣は金色(真鍮色)に仕上がった。(所蔵先:佐賀県教育委員会)