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祭壇跡(さいだんあと)

祭壇(北から・遠景)
祭壇(北から・遠景)[静止画/400×600ピクセル/142.9KB]
遺跡の南部には、弥生時代中期に築かれた祭壇と目される人工の丘が存在する。確認調査の結果、墓は見つからず、祭に使用したと思われる赤い土器などが数多く出土した。この丘の周囲は弥生時代の終わり頃に溝によって取り囲まれた。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

祭壇(南から・近景)
祭壇(南から・近景)[静止画/600×400ピクセル/145.2KB]
遺跡南部の南北約50m、東西45m以上の範囲に人工的な盛土が確認できた。中期前半に築造されたと考えられる。明確な墓が認められず、盛土の南東部から貝殻などが詰まった壷が多量に発見されたことから、この盛土は「祭壇」の可能性もある。(写真提供:佐賀県教育委員会)

祭壇(北から・近景)
祭壇(北から・近景)[静止画/400×600ピクセル/101.3KB]
遺跡の南部には、弥生時代中期前半に築かれた祭壇と考えられる人工の丘が存在する。確認調査の結果、墓は見つからず、祭に使用したと思われる赤い土器などが数多く出土した。写真手前の畑は発掘調査がまだ行われていない時期のものである。(写真提供:佐賀県教育委員会)

祭壇(上から・遠景)
祭壇(上から・遠景)[静止画/600×400ピクセル/167.2KB]
吉野ヶ里遺跡の南北約50m、東西45m以上の範囲に人工的な盛土が確認できた。中期前半に築造されたと考えられる。明確な墓が認められず、盛土の南東部から貝殻などが詰まった壷が多量に発見されたことから、この盛土は「祭壇」の可能性もある。(写真提供:佐賀県教育委員会)

祭壇(上から・近景)
祭壇(上から・近景)[静止画/400×600ピクセル/134.9KB]
遺跡の南部には、弥生時代中期に築かれた祭壇と考えられる人工の丘が存在する。明確な墓は見つからなかったが、祭に使用したと思われる赤い土器などが数多く出土した。この丘の周囲は弥生時代の終わり頃に溝によって取り囲まれた。(写真提供:佐賀県教育委員会)

貝殻入りツボ
貝殻入りツボ[静止画/600×400ピクセル/145.9KB]
祭壇と目される地域の堆積土層の中から、多くの祭用の土器が出土したが、内部に貝殻や鳥の骨などが詰まった祭用の土器もあり、供物として神に捧げられたものと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

貝殻入りツボ
貝殻入りツボ[静止画/600×400ピクセル/122KB]
祭壇と考えられる地域の堆積土層の中から、多くの祭用の土器が出土した。また、カキ・アゲマき・タニシなどの貝殻、鳥骨、魚骨などが中にはいった写真のような広口壷も発見された。供物として神に捧げられたものと考えられる。(写真提供:佐賀県教育委員会)