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出土遺物しゅつどいぶつ)

ガラス製管玉と銅剣
ガラス製管玉と銅剣[静止画/600×400ピクセル/149.1KB]
北墳丘墓で見つかった14基の甕棺墓のうち8基で副葬品が発見されている。1002号甕棺墓からは有柄細形銅剣1本とガラス製管玉79個が見つかっており、北墳丘墓の副葬品のなかでもとりわけ豪華なものである。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料: 英語説明文と日本語訳
関連資料: 有柄細形銅剣
関連資料: 有柄細形銅剣

細形銅剣と水銀朱
細形銅剣と水銀朱[静止画/600×400ピクセル/160.6KB]
北墳丘墓で見つかった14基の甕棺墓のうち8基で副葬品が発見されている。1002号甕棺墓を除き、いずれも細形銅剣1本が死者の側に置かれた状態で見つかっている。赤が鮮やかな水銀朱も多量に検出された。(写真提供:佐賀県教育委員会)

細形銅剣
細形銅剣[静止画/600×400ピクセル/164.7KB]
写真のような銅剣は、弥生時代中期までは武器として使用されたが、次第に鉄製の剣や刀に取って代わられた。墳丘墓から出土した銅剣は、全長約20cmの小形の銅剣から全長約43cmの中細形銅剣まで存在する。(写真提供:佐賀県教育委員会)

祭祀土器
祭祀土器[静止画/600×400ピクセル/130.1KB]
弥生時代中期(前2~1世紀)には、甕棺墓地の周囲や墳丘墓の周囲に、祭り用の土器を割って埋めこんだ跡があるが、ここから出土する土器は、上等の粘土を用いてベンガラ(酸化鉄)を塗って赤く焼き上げたものが多い。(写真提供:佐賀県教育委員会)

ガラス製管玉と銅剣
ガラス製管玉と銅剣[静止画/600×400ピクセル/93.7KB]
北墳丘墓の朱塗りの甕棺墓からは、豪華な銅剣と約80個のガラス製管玉が出土した。ガラス製管玉は中国産の胸飾りの可能性がある。上の銅剣は柄・把頭飾まで青銅で鋳造した有柄細形銅剣である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

ガラス製管玉と銅剣
ガラス製管玉と銅剣[静止画/600×400ピクセル/79.7KB]
ガラス製管玉は墳丘墓に埋葬された甕棺の一つから、有柄銅剣と共に約80個が発見された。その長さは弥生時代の管玉類の中で最大級のもので中国産の原料を使ったと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

銅剣
銅剣[静止画/600×400ピクセル/81.8KB]
これらは墳丘墓出土銅剣である。8基の甕棺墓から把頭飾付き有柄銅剣1、細形銅剣6(うち一つは把頭飾付き)、中細形銅剣1(把頭飾付き)が出土している。これらの銅剣は全長約20cmの小形の銅剣から全長約43cmの中細形銅剣まで存在する。(写真提供:佐賀県教育委員会)

有柄細形銅剣とガラス製管玉
有柄細形銅剣とガラス製管玉[動画/320×240ピクセル/2MB]
北墳丘墓で見つかった14基の甕棺墓のうち8基で副葬品が発見されている。1002号甕棺墓からは有柄細形銅剣1本とガラス製管玉79個が見つかっており、北墳丘墓の副葬品のなかでもとりわけ豪華なものである。(資料提供:佐賀県教育委員会)