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吉野ヶ里遺跡(弥生時代) - お墓(おはか)-お墓集落 北墳丘墓(きたふんきゅうぼ)
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北墳丘墓跡(きたふんきゅうぼせき)
北墳丘墓(北から)
[静止画/400×600ピクセル/117.1KB]
北墳丘墓は、吉野ヶ里遺跡北側の標高約25mの段丘上に位置する。この墳丘墓の規模は、南北約38m、東西25m、盛土の高さは2.5mであるが、後の時代にかなり削られているため、実際はさらに大きなものであったと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料:
英語説明文と日本語訳
北墳丘墓(西から)
[静止画/600×400ピクセル/143.5KB]
本来は平面長方形の墳丘であったと推定される。墳丘南側に西から入ってくる墓道があり、祭祀土器が多数出土した。東側には中期前半~後期後半の祭祀土器が多量に入った大型土坑が確認されている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
北墳丘墓跡
[動画/320×240ピクセル/1.8MB]
墳丘墓とは、弥生時代の有力者の墓地である。見晴らしの良い場所に土を盛り上げ、その内部に甕棺墓や木棺墓などを埋葬する。墳丘墓内部の墓からは、銅剣やガラス製管玉等の副葬品が多く見つかるため、当時の有力者を葬った墓と考えられている。(資料提供:佐賀県教育委員会)