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復元建物(ふくげんたてもの)

高床倉庫群
高床倉庫群[静止画/600×400ピクセル/58.5KB]
南内郭の西側に大掛かりな高床倉庫群がある。これは、租税など「クニ」の戦略的物資を蓄えておくためのもので、「魏志倭人伝」に記載されている「邸閣」にあたるのではないかと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

高床倉庫群
高床倉庫群[静止画/600×400ピクセル/71KB]
弥生時代の高床倉庫は、平面方形か長方形の柱穴に柱を立てる掘立柱の形式をとるが、柱穴の底には柱が沈下しないように枕木が置かれたものが多い。吉野ヶ里遺跡では高床倉庫が2棟復元されている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

高床倉庫群
高床倉庫群[静止画/600×400ピクセル/65.7KB]
南内郭の西側に高床倉庫群がある。弥生時代後期、この地区には20棟程度建っていたと推測される。倉庫にはコメや武器などが保管されていたと考えられる。倉庫群の外側にも壕があり、倉庫群も防御されていたことが明らかになった。(写真提供:佐賀県教育委員会)

高床倉庫
高床倉庫[静止画/600×400ピクセル/69.6KB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱、6本柱、8本柱のものがあり、床面積が20平方メートルを超す大型の建物もいくつか存在する。遺跡では6本柱の建物のみが2棟復元されて公開されている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

高床倉庫
高床倉庫[静止画/600×400ピクセル/73.3KB]
南内郭の西側に、大型の高床の倉庫が立ち並んでいた。その容量は、1棟ずつが静岡県の登呂遺跡の6倍もある巨大なもので、コメや穀物などの食料を蓄えていたと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

高床倉庫の出入口
高床倉庫の出入口[静止画/400×600ピクセル/61.8KB]
南内郭跡西方の外環壕跡とさらに西側の丘陵裾を巡る壕跡の間の空間には、高床倉庫と考えられる多数の掘立柱建物跡群が発見された。写真は高床倉庫の出入口である。外側の壕で倉庫群も防御されていたことが明らかになった。(撮影協力:佐賀県教育委員会)

高床倉庫のきざみ梯子
高床倉庫のきざみ梯子[静止画/400×600ピクセル/71.6KB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱のものと6本柱のものが大多数を占める。現在6本柱のものが復元されている。周辺の低湿地からは写真のきざみ梯子などの高床倉庫の建築部材が発掘されている。(撮影協力:佐賀県教育委員会)

高床倉庫 内部
高床倉庫 内部[静止画/600×400ピクセル/82.9KB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱のものと6本柱のものが大多数を占める。遺跡では6本柱のものが復元されている。周辺の低湿地からは柱や板材などの高床倉庫の建築部材が発掘されている。高床倉庫の内部は写真のようになっている。(撮影協力:佐賀県教育委員会)

高床倉庫の小屋組
高床倉庫の小屋組[静止画/600×400ピクセル/101.8KB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱のものと6本柱のものが大多数を占める。遺跡では6本柱のものが復元されている。周辺の低湿地からは柱や板材などの建築部材が発掘されている。写真の通り、倉庫の小屋組みは寄棟型になっている。(撮影協力:佐賀県教育委員会)

高床倉庫
高床倉庫[動画/320×240ピクセル/1.5MB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱のものと6本柱のものが大多数を占める。遺跡では6本柱のものが復元されている。弥生時代後期の高床倉庫群は広い範囲に50~60棟存在した可能性がある。(資料提供:佐賀県教育委員会)

高床倉庫 内部
高床倉庫 内部[動画/320×240ピクセル/2MB]
吉野ケ里遺跡の高床倉庫跡は、4本柱のものと6本柱のものが大多数を占める。遺跡では6本柱のものが復元されている。周辺の低湿地からは柱や板材、きざみ梯子、ねずみ返しなどの高床倉庫の建築部材が発掘されている。(撮影協力:佐賀県教育委員会)