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南内郭跡(みなみないかくあと)

南内郭(航空写真)
南内郭(航空写真)[静止画/600×400ピクセル/96.8KB]
南内郭跡は北内郭と同様に、弥生時代の後期後半から終末期(2~3世紀)の集落の中心部分で、環壕集落跡のほぼ中央に位置する。当時は身分の高い人達の居住区であったと考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

南内郭(航空写真)
南内郭(航空写真)[静止画/400×600ピクセル/93.3KB]
南内郭跡は北内郭と同様に、弥生時代の後期後半から終末期の集落の中心部分で、幾つかの竪穴住居跡と東西に2ヶ所の物見やぐら跡が発掘された。また、西方の低い部分からは高床倉庫と考えられる掘立柱建物跡群が発掘された。(写真提供:佐賀県教育委員会)

物見やぐら跡
物見やぐら跡[静止画/600×400ピクセル/76KB]
南内郭跡の内部からは、竪穴住居跡群や物見やぐら跡が発掘された。物見やぐらは6本の柱からなる高層建物で、環壕が外側へ突き出た部分の内側に設けられていた。写真は南内郭の西側に位置する物見やぐら跡である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

物見やぐら跡
物見やぐら跡[静止画/600×400ピクセル/66.7KB]
南内郭跡の内部からは、竪穴住居跡群や物見やぐら跡が発掘された。物見やぐらは6本柱の高層建物で、環壕や柵が半円形に張り出した内側に建てられている。写真は南内郭の東側に位置する物見やぐら跡である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

竪穴住居跡(航空写真)
竪穴住居跡(航空写真)[静止画/400×600ピクセル/81.1KB]
南内郭跡の内部からは、竪穴住居跡群や物見やぐら跡が発掘された。竪穴住居跡の中には周囲に溝を巡らせ外部と区別されたものもある。竪穴住居は本来、深さ1m前後の大きな穴を掘り、掘り上げた土を周囲に積み、その上に屋根を葺いた。(写真提供:佐賀県教育委員会)

掘立柱建物・環壕跡 実測図(東側)
掘立柱建物・環壕跡 実測図(東側)[静止画/400×600ピクセル/91.9KB]
図面上に示してみると、環壕跡と物見やぐらと考えられる掘立柱建物跡の位置関係が明瞭にわかる。図面では、写真ではわかりにくい細部や深さなどを表現することができる。この図は南内郭の東側に位置する物見やぐら跡を示している。(資料提供:佐賀県教育委員会)

掘立柱建物・環壕跡 実測図(西側)
掘立柱建物・環壕跡 実測図(西側)[静止画/400×600ピクセル/91KB]
図面上に示してみると、環壕跡と物見やぐらと考えられる掘立柱建物跡の位置関係が明瞭にわかる。図面では、写真ではわかりにくい細部や深さなどを表現することができる。この図は南内郭の西側に位置する物見やぐら跡を示している。(資料提供:佐賀県教育委員会)

物見やぐら跡
物見やぐら跡[動画/320×240ピクセル/1.8MB]
南内郭跡は北内郭と同様に、弥生時代の後期後半から終末期の集落の中心部分で、幾つかの竪穴住居跡と東西に2ヶ所の物見やぐら跡が発掘された。映像は2ヶ所の物見やぐら跡を撮影したものである。(資料提供:佐賀県教育委員会)