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復元建物-遠景(ふくげんたてもの-えんけい)

南内郭
南内郭[静止画/600×400ピクセル/94.1KB]
1989年には発掘された遺跡上に土を盛り、弥生時代後期のたたずまいが復元された。吉野ヶ里の環壕集落で特徴的なことは、外壕で囲まれた内部にさらに内壕で囲まれた空間が数ヶ所発見されている事であり、その中で最も大きいものが南内郭である。(写真提供:佐賀県教育委員会)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

南内郭
南内郭[静止画/600×400ピクセル/73KB]
1989年10月には発掘された遺跡の上に土を盛り、環壕や柵など弥生時代後期のたたずまいが復元されて公開されている。環壕集落中央の南内郭は堅固な防御施設に守られた吉野ヶ里の重要地区である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

南内郭
南内郭[静止画/400×600ピクセル/68KB]
1989年10月には発掘された遺跡の上に土を盛り、環壕や柵など弥生時代後期のたたずまいが復元されて公開されている。南内郭とは南側にある内壕に囲まれた区域のことである。物見櫓や竪穴住居があり、吉野ヶ里の中心部と考えられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

南内郭
南内郭[静止画/600×400ピクセル/61KB]
発掘された遺跡の上に土を盛り、環壕や柵など弥生時代後期のたたずまいが復元されて公開されている。40haを囲む外壕の中心を占めるのは内壕に囲まれた南内郭であり、堅固な防御施設に守られた吉野ヶ里の重要地区である。(写真提供:佐賀県教育委員会)

物見やぐらと竪穴住居
物見やぐらと竪穴住居[静止画/600×400ピクセル/74.3KB]
1989年には発掘された遺跡の上に土を盛り、竪穴住居や物見櫓など弥生時代の施設が復元された。竪穴住居は2本の柱で棟を支える寄棟形の葦葺きの家屋である。物見櫓は6本柱の高層建物で、環壕が外側へ突き出た部分の内側に設けられていた。(写真提供:佐賀県教育委員会)

竪穴住居群
竪穴住居群[静止画/600×400ピクセル/70KB]
吉野ケ里遺跡には弥生時代のたたずまいが復元されている。そのうちの竪穴住居は平面長方形の住居で、2本の柱で葦ぶき屋根の棟を支えている。内部の中央には明かりや暖をとるための炉が、壁際には寝床と考えられる一段高いベッドが設けられている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

竪穴住居群
竪穴住居群[静止画/600×400ピクセル/53.6KB]
1989年10月には発掘された遺跡の上に土を盛り、環壕や柵、竪穴住居や物見やぐら、高床倉庫など弥生時代後期のたたずまいが復元されて公開されている。竪穴住居は平面長方形の寄棟形の葦葺きの家屋で、2本の柱で棟を支えている。(写真提供:佐賀県教育委員会)

南内郭
南内郭[動画/320×240ピクセル/1.2MB]
南内郭跡の周辺は1989年5月の調査終了後に、遺跡保護のために盛土がなされ、10月にはその上に環壕や土塁・柵、竪穴住居4棟や物見やぐら2棟、高床倉庫2棟が復元され、見学者に公開された。(資料提供:佐賀県教育委員会)