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ヒスイ

ヒスイ大珠
ヒスイ大珠[静止画/600×400ピクセル/68.8KB]
写真のヒスイ大珠は縄文時代中期後半のもので、盛土遺構から3点がまとまって出土した。ヒスイ大珠の最大のものは直径6.5cm、高さ5.5cmである。廃棄時にはヒモなどでつながれていた可能性もある。(写真提供:青森県教育庁文化課)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

ヒスイ大珠
ヒスイ大珠[静止画/600×400ピクセル/58.3KB]
ヒスイは約600km離れた新潟県糸魚川周辺から運ばれた。原石、加工途中のもの、完成品の珠などが見つかっている。非常に硬い石で、その加工は熟練した技術と知識が必要である。ヒスイの大珠は祭祀用や権威の象徴であったという説がある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

ヒスイ大珠
ヒスイ大珠[静止画/600×400ピクセル/111.6KB]
ヒスイはこれまで、青森県内の遺跡では出土例が少なかったため、原産地で加工された製品を入手していたと考えられていたが、原石や加工途中のものが出土したことによって、加工技術そのものが導入されていたことが考えられる。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

ヒスイ大珠
ヒスイ大珠[静止画/600×400ピクセル/132.1KB]
ヒスイ大珠3点はテニスボールより一回り小さく、ずっしりとした重みがある。これらは祭祀用具あるいは権威の象徴であったと考えられる。ヒスイは最も硬い石のひとつであるが、大珠の中心にはきれいな穴が貫通しており、三内丸山の技術の高さを物語っている。(写真提供:青森県教育庁文化課)

破損したヒスイ大珠
破損したヒスイ大珠[静止画/600×400ピクセル/93.3KB]
写真は破損したヒスイ大珠である。ヒスイは非常に硬い石である。三内丸山遺跡では原石をはじめ、加工途中のものも発見されていることから、集落にはヒスイの加工技術を持った人がいたと考えられる。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

ヒスイ製品
ヒスイ製品[静止画/600×400ピクセル/104.7KB]
写真は数々のヒスイ製品である。これらはペンダントなどの装飾品であったと考えられる。北陸地方原産の貴重なヒスイは、縄文人にとって特別な材料であったに違いない。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

ヒスイ原石と加工途中の物
ヒスイ原石と加工途中の物[静止画/600×400ピクセル/117.8KB]
原石は平成6年度の調査で北盛土遺構から中期後半に属するものが出土した。これらは新潟県糸魚川産のものとみられ、三内丸山遺跡は交易の拠点であるとともに、ヒスイの加工場でもあったと考えられる。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

ヒスイ大珠 出土状況
ヒスイ大珠 出土状況[静止画/600×400ピクセル/159KB]
ヒスイは大珠や小型のペンダントの他、原石や突孔途中のものが出土した。時期は中期全般にわたるが、後半の検出例が多い。土坑墓から出土した1点を除き、全て盛土遺構から出土している。(写真提供:青森県教育庁文化課)

ヒスイ大珠 出土状況
ヒスイ大珠 出土状況[静止画/600×400ピクセル/153.4KB]
ヒスイはこれまで、青森県内の遺跡では出土例が少なかったため、原産地で加工された製品を入手していたと考えられていたが、原石や加工途中のものが出土したことによって、加工技術そのものが導入されていたことが考えられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

ヒスイ製品 出土状況
ヒスイ製品 出土状況[静止画/600×400ピクセル/168.8KB]
ヒスイは大珠や小型のペンダントの他、原石や突孔途中のものが出土した。時期は中期全般にわたるが、後半の検出例が多い。土坑墓から出土した1点を除き、全て盛土遺構から出土している。(写真提供:青森県教育庁文化課)

ヒスイ製品 出土状況
ヒスイ製品 出土状況[静止画/600×400ピクセル/123.5KB]
ヒスイはこれまで、青森県内の遺跡では出土例が少なかったため、原産地で加工された製品を入手していたと考えられていたが、原石や加工途中のものが出土したことによって、加工技術そのものが導入されていたことが考えられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

ヒスイの加工
ヒスイの加工[動画/320×240ピクセル/984.9KB]
ヒスイは最も硬い石のひとつであるが、大珠の中心にはきれいな穴が貫通しており、三内丸山の技術の高さを物語っている。加工途中のものも発見されていることから、集落にはヒスイの加工技術を持った人がいたと考えられる。(資料提供:青森県教育庁文化課)