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円筒土器(えんとうどき)

円筒上層a式土器
円筒上層a式土器[静止画/400×600ピクセル/82KB]
三内丸山遺跡では、ダンボール箱にして約3万箱分の土器が出土した。その大半は、縄文谷、南北の盛土の遺物廃棄ブロックからのものである。写真は円筒上層a式土器である。口縁部に結節回転文、銅部に斜縄文を持つ土器である。(写真提供:青森県教育庁文化課)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

円筒土器(前期)
円筒土器(前期)[静止画/400×600ピクセル/113.5KB]
縄文土器は縄目の模様がついた土器で、主に煮炊きに使われた。土器は時代や地域によって形や模様に特徴がある。三内丸山遺跡は縄文時代前期中頃から中期終わり頃にかけて栄えた、円筒土器文化の時代である。写真は縄文時代前期の円筒土器である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器(前期)
円筒土器(前期)[静止画/400×600ピクセル/85.8KB]
三内丸山遺跡出土の土器は、縄文時代早期~後期、弥生時代、平安時代、中世、近世のものである。このうち、主体となるのは縄文時代前・中期の円筒式土器とこれに続く大木式系の土器である。写真は縄文時代前期の円筒土器である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器(前期)
円筒土器(前期)[静止画/600×400ピクセル/101.5KB]
三内丸山遺跡から出土する遺物の中で、最も多いのが、縄目模様を持つ縄文土器である。三内丸山遺跡の集落が繁栄したのは、この縄文土器文化の時代の中でも、円筒土器文化の時代である。写真は縄文時代前期の円筒土器である。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

円筒土器(中期)
円筒土器(中期)[静止画/400×600ピクセル/95.3KB]
土器に刻まれた縄文は、装飾であると同時に、土器の土を締め、表面積を増大させ、熱効率を上げるなどの効果があると考えられている。土器は調理用具、食料貯蔵、子供の墓など多様な用途に使用されていた。写真は縄文時代中期の円筒土器である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器(中期)
円筒土器(中期)[静止画/400×600ピクセル/75.5KB]
土器の形、文様、文様帯の幅は時代により大きく変化する。写真は縄文時代中期の円筒土器である。三内丸山の集落が最も栄えた縄文中期の土器は、前期のものと比べて、装飾に力強さを感じることができる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器(中期)
円筒土器(中期)[静止画/600×400ピクセル/108.3KB]
発掘された土器や石器は、発掘現場で出土した地点や日付などを記録して調査室に持ち帰り、水洗いをした後に破片をつなぎ合わせながら元の形に復元する。不足している部分は石膏などで穴埋めする。写真は縄文時代中期の円筒土器である。(所蔵先:青森県教育庁文化課)

円筒土器の集合
円筒土器の集合[静止画/600×400ピクセル/111KB]
縄文時代前期(約5500~5000年前)の土器を円筒下層式土器、縄文時代中期(約5000~4500年前)の土器を円筒上層式土器と呼んでいる。円筒土器期の次は、榎林式期、最花式期と続く。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器の集合
円筒土器の集合[静止画/600×400ピクセル/101.9KB]
土器は縄文時代の中だけでも刻々とスタイルを変化させるし、また、地域ごとにスタイルが異なっている。内面・外面を詳しく観察すると、製作技法なども理解できる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器の集合
円筒土器の集合[静止画/600×400ピクセル/136.7KB]
縄文時代前期の単純な円筒の形をした土器は、その形から円筒土器と名付けられた。土器は粘土に植物の繊維質を混ぜ込み、細長いひも状にしたものを巻き上げて作られた。(写真提供:青森県教育庁文化課)

円筒土器の集合
円筒土器の集合[静止画/600×400ピクセル/114.9KB]
土器の表面には、撚った縄ひもを転がしたり、押し当てたりして文様が施されている。土器の大きさは、大きいもので60cm以上、小さいもので10cm以下のものがある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土器の変遷
土器の変遷[動画/320×240ピクセル/2.1MB]
土器は縄文時代の中だけでも刻々とスタイルを変化させるし、また、地域ごとにスタイルが異なっている。縄文時代前期(約5500~5000年前)の土器を円筒下層式土器、縄文時代中期(約5000~4500年前)の土器を円筒上層式土器と呼んでいる。(資料提供:青森県教育庁文化課)