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土杭墓(どこうぼ)

土坑墓
土坑墓[静止画/400×600ピクセル/152.8KB]
大人は亡くなると地面に楕円形の穴を掘って埋葬された。これを土坑墓と称している。大きさは1m~2.5m、幅は0.6m~1mで、手足を伸ばして埋葬されたものと考えられる。ヒスイのペンダントや矢尻がまとまって出土した墓もある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/124.7KB]
野球場建設予定地調査区内で検出した土坑墓からは、人骨が全く出土していないことから、墓としての認定は平面形態、堆積土の状況、出土遺物、全体的な配置などによっている。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/115.7KB]
土坑墓の形態は楕円形・隅丸長方形が主体で、平均規模は長軸約140cm、短軸約70cm、深さ約30cmである。長軸の最大は290cm、最小は66cmである。短軸の最大は139cm、最小は43cmであり、その規模にも大小がある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/126.8KB]
土坑墓からの出土遺物は少ないが、副葬品と考えられるヒスイ製の装飾品や石皿、石冠、石鏃、異形石器などが出土している。出土する石器は土坑墓1基につき1点の出土が多いが、剥片石器または礫石器がそれぞれ複数出土しているものもある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/183.5KB]
土坑墓内からは遺物が出土しているが、底面から出土したものは明らかに副葬品として理解できる。土器が出土された土坑墓は25基と少なく、しかも小破片であることから、埋め戻し時の混入と考えられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/175.9KB]
出土石器としては、磨石・敲石が底面または堆積土中から出土する例が多い。他には石皿・北海道式石冠・砥石等がある。これらは完形で出土するものがほとんどであるが、石皿は半分や4分の1程度に割れたものが出土し、完形のものはない。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/125.2KB]
土坑墓内出土の土器が少ないため、その時期の認定が困難であるが、2基から縄文時代中期後葉の深鉢が出土していることから、配列される土坑墓も概ねこの時期のものであると考えられている。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/142.1KB]
土坑墓(大人の墓)は縄文谷の東側に位置している。約100基が等間隔で同じ方向を向き、2列に向かい合う形で並んでいる。墓穴の形は楕円形や小判形である。長さは約1~2m、幅は約0.6~1mである。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/148.9KB]
大人は亡くなると地面に楕円形の穴を掘って埋葬された。これを土坑墓と称している。大きさは1m~2.5m、幅は0.6m~1mで、手足を伸ばして埋葬されたものと考えられる。ヒスイのペンダントや矢尻がまとまって出土した墓もある。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓
土坑墓[静止画/600×400ピクセル/136.7KB]
野球場建設予定地調査区内で検出した土坑墓からは、人骨が全く出土していないことから、墓としての認定は平面形態、堆積土の状況、出土遺物、全体的な配置などによっている。(写真提供:青森県教育庁文化課)

土坑墓 実測図
土坑墓 実測図[静止画/600×400ピクセル/101.4KB]
発掘調査に欠かせない作業に実測図の作成がある。大きさや方位、堆積土の状況など、写真では表現できない内容を後世に如実に伝えられる貴重な資料が実測図である。これは、土坑墓の実測図である。(資料提供:青森県教育庁文化課)