縄文谷[静止画/600×400ピクセル/174.9KB]
三内丸山遺跡の北中央に長さ約90mの埋没谷がある。谷は縄文時代中期末以降の遺物包含層でおおわれ、その下にシルト質土壌(砂と粘土との中間)を主体とする層が堆積し、下部は地下水の湧水があったため有機質遺物の保存が良好であった。(写真提供:青森県教育庁文化課)
関連資料:
英語説明文と日本語訳
縄文谷[静止画/600×400ピクセル/203.2KB]
縄文時代前期中葉における谷は長さ南北約90m、幅約5m程あり、南東から北西方向に流下し、沖積地の氾濫原に注いでいたと考えられる。北側で谷は北西に向かい、幅がやや狭くなる。(写真提供:青森県教育庁文化課)
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縄文人はゴミの捨て場を何ヶ所も設定し、そこに継続してゴミを廃棄していた。また、場所によっては廃棄物を分別してから捨てていたと考えられる。医療手段のない縄文人にとって、ゴミによる環境の悪化は重要な問題であったと考えられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)
縄文谷[静止画/600×400ピクセル/187.8KB]
縄文谷では、縄文時代の前期から中期にわたる大量の遺物が廃棄されていた。三内丸山遺跡では捨て場を中心として、これまでにダンボール箱約40000箱分の遺物が出土している。(写真提供:青森県教育庁文化課)
縄文谷[静止画/600×400ピクセル/199.8KB]
谷の泥炭層は、水分が多く空気からさえぎられていたので、土器、石器の他に、通常では腐って残らない木製品や漆器、動物や魚の骨、植物の種子、木の実、寄生虫の卵などが良好な状態で発見された。(写真提供:青森県教育庁文化課)
公開中の遺構[動画/320×240ピクセル/1.4MB]
遺跡にて公開中の縄文谷の遺構である。遺構の保存処理を行うとともに、覆屋を設け、風雨や太陽光線などから保護し、通年で見学が可能になるように配慮している。覆屋内には遺構保護のため空調設備を設置している。(撮影協力:青森県教育庁文化課)