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北盛土(きたもりど)

北盛土
北盛土[静止画/600×400ピクセル/145.7KB]
縄文人が、竪穴住居や大きな柱穴を掘った時の残土・排土を、同じ場所に長期間にわたって捨て続けた結果、小さな丘ができた。写真奥の土層に見られるように、整然と層状に盛り上げられた土砂の山は、まるで計画的に造営されたように思われる。(写真提供:青森県教育庁文化課)
関連資料: 英語説明文と日本語訳

北盛土
北盛土[静止画/600×400ピクセル/184.2KB]
平坦面に、長期間にわたる人為的な土の廃棄により地形が盛り上げられた部分を盛土遺構と呼んでいる。三内丸山遺跡で検出した盛土遺構は、北盛土と南盛土に分けられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

北盛土
北盛土[静止画/600×400ピクセル/176.6KB]
北盛土と南盛土の共通点として、一つ一つの層がかなり細かく堆積しており、明確に確認できること、廃棄と考えられる炭化物層・焼土層など生活に関わる痕跡が純粋な層を成していること、遺物が大量に含まれること、などがあげられる。(写真提供:青森県教育庁文化課)

北盛土 断面
北盛土 断面[静止画/600×400ピクセル/180.5KB]
北盛土は、平成5年度から本格的な調査が進められた。規模は南北約70m×東西約30mで、厚さはもっとも厚いところで1.8mである。また、北盛土の下からは、縄文時代前期の竪穴住居跡が確認されている。写真は北盛土の土層断面である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

北盛土 断面
北盛土 断面[静止画/600×400ピクセル/181.6KB]
盛土を構成する層は、ローム・褐色土主体の黒色土・炭化物・焼土等で、細かい単位の廃棄で堆積する。層の間に自然堆積を示す黒色土を挟まないことから、継続的な堆積が繰り返されたと考えられる。写真は北盛土の土層断面である。(写真提供:青森県教育庁文化課)

北盛土 断面(土器の出土状況)
北盛土 断面(土器の出土状況)[静止画/400×600ピクセル/125.9KB]
盛土からは土器、石器、および、その他各種の遺物が多量に出土している。出土状況としては二次的なものであり、廃棄されたものと考えられる。特に、土器は一括廃棄が繰り返されたようであり、層位的にとらえることが可能である。写真は北盛土の土層断面である。(写真提供:青森県教育庁文化課)