遺跡遠景(東から)[静止画/600×400ピクセル/156.2KB]
青森県のほぼ中央に位置している青森市は、北に陸奥湾を、南に八甲田山をひかえ、豊かな自然の食料資源を基盤に1万年もの大昔から人間の生活適地として悠久の歴史を歩み続けている。写真中央に復元された集落が見てとれる。(写真提供:青森県教育庁文化課)
関連資料:
英語説明文と日本語訳
発掘現場全景(東から)[静止画/600×400ピクセル/164.7KB]
三内地区は江戸時代の頃から土器の発見される場所として知られているなど、遺跡の宝庫として学術上貴重な地域である。これは遺跡発掘現場の全景写真である。この時点では、遺跡保存のために建設が中止された野球場のスタンドが一部残っている。(写真提供:青森県教育庁文化課)
遺跡遠景(南から)[静止画/600×400ピクセル/207KB]
青森県のほぼ中央に位置している青森市は、北に陸奥湾を、南に八甲田山をひかえ、豊かな自然の食料資源を基盤に1万年もの大昔から人間の生活適地として悠久の歴史を歩み続けている。これは遺跡周辺を南から撮影したものである。(写真提供:青森県教育庁文化課)
発掘現場全景(南から)[静止画/600×400ピクセル/158.3KB]
三内丸山遺跡は陸奥湾を臨む小高い丘の上に立地する。陸奥湾は穏やかな内湾で魚が豊富に獲れる。北側には沖館川が流れており、海にそそぐ河口近くの小高い丘の上に縄文の人々は村を作っていた。これは遺跡周辺を南から撮影したものである。(写真提供:青森県教育庁文化課)
遺跡遠景(西から)[静止画/600×400ピクセル/150.6KB]
青森平野は新生代第四世紀に形成された海岸平野であり、東西約10km、南北約5kmのほぼ三角形をしている。遺跡の左側に見える施設は地元の自動車学校である。これは遺跡を西から撮影したものである。(写真提供:青森県教育庁文化課)
発掘現場全景(西から)[静止画/600×400ピクセル/172.5KB]
三内丸山遺跡は、北は陸奥湾に面し、南~東は八甲田山につらなる台地、西は丘陵地との境界に「入内断層」が存在している。これは遺跡を西から撮影したもので、左上を流れているのは「沖館川」である。(写真提供:青森県教育庁文化課)